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2011年8月

2011年8月 4日 (木)

『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』ジュノ・ディアス 来日記念トークイベントのレポート

51ba9r2cfsl_sl500_aa300_オスカー・ワオの短く凄まじい人生』著者・ジュノ・ディアス 来日記念トークイベントに行って来ました。

作者のジュノ・ディアス氏は、お洒落な感じの男性で、『LEON』とかのモデルになっても違和感のなさそうなタイプの人。
正直言って、作品と作者の印象が違うので、けっこう意外でした。

一作目の『ハイウェイとゴミ溜め』で注目を集め、MIT創作科の教授となり、二作目の『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』では、全米批評家協会賞とピュリツァー賞のダブル受賞、しかもピュリツァー賞の選考委員にも選出されるという、とんでもなく作品の歩留まりのいい作家だと思ってましたが、『オスカー・ワオ』を生み出すのには、相当のエネルギーと時間を注ぎ込んだようです。
一作目と二作目のブランクは11年間ですが、その間、毎日朝6時から正午の12時まで、机に向かっていたそうです。
そして、段ボール数箱に書き溜めた2800ページのマテリアルを、380ページにまとめた作品が、『オスカー・ワオ』だったとのこと。
「長い間、何が自分にとってベストなのか分らなかった。多くの人が自分の得意とするものを見つける前に、ギブアップし過ぎると思う」という発言が、この小説のスタイルを模索し続けた、作家の11年間のトライアルを伺わせました。

以下は、トークショーでジュノ・ディアス氏が語った内容の抜粋。

(1)作中、日本製アニメやSFモノ等の日本のサブカルチャー的な作品が頻出することについて

ウルトラマンは、6歳でアメリカへ移住する前に、ドミニカ共和国のTVで観ていた。
あれは、ドミニカ製の作品だとアメリカに渡ってからも信じていたくらい、自分にとって親しい作品だった。
『AKIRA』等が作中登場するのは、80・90年代の日本のポップカルチャーが、当時のニュージャージーで強い影響力を持っていたから。
また、個人的な要因として、自分のベストフレンドが日本人だったことも大きい。
主人公オスカーが、ショッピングモールでカツカレーを食べるシーンは、彼を思い出して書いた。

(2)小説観について

世界をイメージするのが小説。
短編小説ならあり得るけど、パーフェクトな長編小説、瑕疵のない長編小説は、原理的にあり得ない。
短編は結晶化した宝石のような存在だが、長編はパーティーへ人を招くようなもの。

(3)女性キャラクターについて

自分の読書体験の中で、男性作家の描く女性のリアリティの無さに疑問を感じていた。
『オスカー・ワオ』では、女性のキャラクターが生命線なので、女性を描くことについて非常に留意した。
自分の女友達5人に、女性が主要人物となるチャプターを読んでもらい、そのうち3人が「悪くないんじゃない」と言うまで、書き直した。
男性が、女性に、しかも5人中3人から、「悪くないんじゃない」という言質を引き出すのは、かなりハードルが高いこと。
何度も読まされた、女友達は辟易としていたが。

(4)日本のオタクと違い、主人公オスカーがどれだけ女性からつれなくされても、女性を追いかけるのを止めないのは何故か?(会場からの質問)

ひとつは、自分の家族が持つセクシャリティへの傾向を作品に反映させたかったこと。
ドミニカ人の自分の家族の価値観では、ガールフレンドは2人持つのが当たり前だった(1人では信用できない)。
もうひとつは、創作的な意図として、主人公のオスカーに多くの試練を与えたかったため。

(5)パルガス・リョサについて批判的なのか?、リョサに会ったことはあるか?(会場からの質問)

作中リョサの著作『チボの狂宴』について批判的なのは、それを書いている作中人物の意見であって、作者の自分の意見ではない。
リョサは保守的な人物だが、作中人物はそれよりも急進的な思想の持ち主という設定。
リョサには会ったことはない。
メキシコに住んでいた頃、友人とガルシア・マルケスを5回訪ねたが会えなかった。
どうやら自分は誰にも会えないようだ。

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