映画『バスキアのすべて』観ました
映画『バスキアのすべて』観ました。
バスキア本人への生前のインタビューや、創作風景等のビデオ、友人・ガールフレンド、アートディーラー・ギャラリストらへの関係者の発言によって構成されたドキュメンタリー・フィルムです。
27歳で夭逝した黒人の天才アーティストという点では、ジミ・ヘンドリックスとイメージがダブります(二人とも頭文字もJだし)。
動くバスキアを初めて見ましたが、とにかくフォトジェニックで、見ていて絵になる。ファッションや髪型、踊るようにしてキャンパスに筆を入れる姿、本当にカッコいい。
作品中に挿入される、バスキアがNYにやってきた80年代当時の、パンク・ニューウェーヴ時代のクラブに集う人々の写真も記録として面白い。バスキアの作品を最初に買った顧客は、ブロンディーのデボラ・ハリーだったらしい。
以前、英会話に通っていたベルリッツで、パートタイムで働いてた講師(本業はキュレーター)が、NY在住時に無名時代のバスキアと友人だった、と言っていたのを思い出しました。興味があったので、どんな人物だったのか訊いたところ、有名になることにどん欲で、野心家ではあるけど、ナイーヴなところがあったと言ってました。この映画で語られるバスキア像と同じですね。フィルムの核になっている25歳のバスキアへのインタビューの中で、時おり目を伏せたり、はにかむような仕草に、繊細な人間性が垣間みれます。
NYアートシーンの寵児としてもて囃されるようになってから、付合いは途絶えたと言っていたのも、この映画に登場する他の無名時代の友人達の証言と同じです。アンディ・ウォーホル等のセレブリティと交際するようになってから、以前からの友人達を遠ざけるようになったと、一人の友人がインタビューで語っています。やがてセレブリティとの社交や、自分の取り巻き達にも幻滅し、周囲が自分を利用しようとしているとの被害者意識に苛まれるようになります。ドラックの弊害が顕著になりはじめてたのも、この頃のようです。突然、有名になったり、リッチになったりして、生活環境や周囲の評価が激変すると、適応するのが難しいのでしょうね。しかも、彼は20代だったのでなおさら。経験がないので、実感するのが難しいですけど(笑)。
亡くなる少し前の頃、深夜に以前のガールフレンドのアパートを訪ねて来たり、無名時代のアート仲間のアパート突然やって来て、作品をプレゼントしたりといったエピソードが、晩年(といっても27歳)のバスキアの孤独を浮かび上がらせます。亡くなる直前の、憔悴し切った姿の写真は、見ていて痛々しいです。
セレブでいることと、利害関係のない友人と親密な関係を維持することは、両立しえない事象でしょう(たぶん)。
そうした孤独に堪えられるだけのタフネスや、鈍感さが彼には備わっていなかったし、友人(恋人?)だったマドンナの言葉を借りれば、「この世には繊細過ぎた」のでしょう。
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