2009年7月 2日 (木)

漢の映画『ザ・レスラー』

The_wrestlerミッキー・ローク主演の『ザ・レスラー』観てきました。

まさに、漢の映画でした。
漢のマンガが『あしたのジョー』であるように、漢のロック歌手がジョー・コッカーであるように、漢の探偵小説がチャンドラーであるように、漢の人生相談が北方謙三先生の「試みの地平線」であるように。

主人公は、かつては人気プロレスラーだったものの、加齢とと共に往年の輝きを失い、レスラーだけではやって行けず、副業としてスーパーで細々と働いています。
この設定は当然、80年代に「世界一セクシーな男」だった、主演のミッキー・ロークの現状にダブります。

ある日、試合の後に倒れ、心臓の手術を受けた主人公は、医者の忠告に従い一度は引退を決意するものの、やはり自分の居場所をリング以外に見つけることができず、命を賭けて再度試合に臨みます。
たった一つの生き方しかできない、不器用な男の悲哀と矜持が、映像を通してひしひしと伝わって来ます。

とは言うものの、むしろ演出は押さえ気味で、ドキュメンタリーぽい作りになっています。
いわゆる「泣かせる」演出は、極力排除されています。
だからこそ、巧まざるユーモアやリアリティを感じさせる印象的なシーンが生まれています。

さして広くないロッカー・ルームに、丸太のような腕の巨漢達がひしめき合い、試合前に各々の対戦相手と段取りの打ち合わせをしているシーンは、何だかユーモラスです。
また、試合を終え、血まみれになってロッカー・ルームに戻って来たレスラーを、「よくやった」、「いい試合だった」と他のレスラー達が讃える場面は、同業者同士の強い連帯感や仲間意識が現れていて感動的です。
机や椅子で殴り合い、有刺鉄線の上で組み伏せ合い、血みどろになって闘った対戦相手と「じゃ、また明日」と、握手して別れるところもプロフェッショナルな感じでリアリティーがあります。

最後の方のシーンで、試合に出るのを引き留める女性に「自分の居場所はここしかない。(観客こそが)家族なんだ」みたいなことを言い捨てて、主人公はリングに向かいますが、これを見たとき脳機能学者 苫米地英人氏ならなんと言って説得するだろう?と反射的に思いました(笑)。
「その思い込みは、スコトーマ(盲点)になっている。思考の抽象度を上げて、職業選択の可能性を検討すれば、他の生き方が見つかる」とかと説得されても、主人公は言うこと聞かなさそうだし。

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2009年6月29日 (月)

『全脳思考』〜物語涅槃序説

Zennou_2 「でもこれは物語じゃない。現実の世界の話よ」
タマルは目を細め、青豆の顔をじっと見つめた。それからおもむろに口を開いた。「誰にそんなことがわかる?」

『1Q84 Book2』 (P33)

カリスマ経営コンサルタント 神田昌典氏の最新刊『全脳思考』を読了。
ビジネス書としては、神田氏にとって7年振りの書き下ろしだそうです。
神田氏は、大企業のような潤沢なリソースを持たない中小企業が実行可能で、しかも大きなリターンが期待できる、エモーショナル・マーケティングやゲリラ・マーケティングといったアメリカで開発された手法を日本に紹介した、独立系経営者にとってカリスマとなっている経営コンサルタントです。
従来の著書では、効果的なマーケティング手法の導入方法と実践例が中心でしたが、今回はアイディアの出し方・発想方法が具体的・詳細に紹介されています。

市場に同種の商品が溢れ飽和化している現在、同一カテゴリー内で競争を続けると、価格競争等の消耗戦になります。そこで消耗戦を避け、安定的な利益を上げるために、顧客が共感・共有できる「物語」が必要であるという現状認識が、本書の前提となっています。
企業の紡ぐ「物語」に共感し、それを共有してもらうことが、顧客満足度を高めるための、最も効果的な方法だからです。
有名な例では、グーグルの「最高に甘んじない」という開発姿勢や、パタゴニアの環境保護への行動などがあげられます。

知識時代の事業成長の本質は、ストーリー・ストリーミング・コンセプト(SSC)と呼ばれ、「物語を溢れされる中核」として、顧客が自己投影し、活力を生み出す源泉となるものです。
一時、社会学者のような立場の人たちが「大きな物語(高度成長とかマルクス主義とか)の終焉」みたいなことをよく語っていましたが、SSCはそれへのビジネスパーソンからの回答とも言えるでしょう。
このあたりは読んでいて、なかなかスリリングでした。

本書で説明されている「全脳思考モデル」は、顧客を事業にとってポジティブな行動へ駆り立てるSSCを支えるための発想方法・手法となるものです。
その手法は、偶有性を取込んだ、直感を重視するもので、これまでビジネスの場で使われていた論理的・分析的な手法と大いに異なります。
現状をブレークスルーする革新的なアイディアを生み出すためには、因果律を越えた偶有性や直感などの要素を取込む必要があるためです。

500ページ近い大部の本で、こちらの読解力のせいか、後半になるとSSCとの関係性が見えづらくなってきますが、膠着した現状をブレークスルーしたいビジネスパーソンは、必読の一冊です。

最近、固有の「物語」をもち顧客に支持されている企業を紹介した、『価格、品質、広告で勝負していたら、お金がいくらあっても足りませんよ』(川上徹也著)というビジネス本も見つけました。
タイトルのまんま、「価格、品質、広告」ではなく、「物語」で勝負しなさいという主旨の本なのですが、こちらもおススメです。

時代を見通すのに長けた人たちが見るに、将来の顧客やロイヤル・ユーザが気持ち良く浸れる「物語」を作り出さないと、消耗戦を闘わなくてはならない時代になったということですね。

私の場合、「アンダーウェアを通して、日常に彩りを添え、毎日の生活に新鮮さや豊かさをもたらすこと」が、「物語」の志のわけですが、どうやって表現し、伝えるかですね。

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2009年6月22日 (月)

テキスタイル・デザインを使用したサンプルできました

Sample3_web現在、テキスタイル・デザインを使用した商品を企画中です。
先週末に、サンプルが上がりました。
今年になって、小ロットでテキスタイル作成ができる工場が見つかったため、商品の製造が可能になりました。
テキスタイルの作成は今回初めてですが、プリントの出来は上出来です。

これから、縫製やパターンの微調整など細かいところを詰めて、より完成度の高い商品に仕上げていきます。

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2009年6月18日 (木)

『1Q84』続編、BOOK3はでるのだろうか?

ふかりえ「つづきがよみたい」
ぼく   「読みたいさ。放り出されたままの伏線が多すぎる。このまま終わったんじゃ、何だかよく分らない」
ふかりえ「もっとくわしくしりたい」
ぼく   「もちろん知りたい。それに君はドウタじゃないの? 妊娠しないとか言ってたし」
ふかりえ「ドウタのはなしはしない」

ふかりえ「でるときにでる」
ぼく   「いつまで待てばいいんだろう?」
ふかりえ「でないかもしれない」
ぼく   「それはない。今年が200Q年でないことよりも、BOOK3が出ないということは、ありえない」
ふかりえ「でるまでまつ」
ぼく   「ああ、待つさ。忠実なジャーマン・シェパードが主人を待つみたいに辛抱強く」

ちなみに、上のダイアローグは、2chの文学板にあった、1Q84関連スレの書込みをアレンジしたものです。

とうぜん続編は用意されていて、一挙に出すにはヴォリュームが大きすぎるため分けて出版されるものと思ってましたが、インタビュー読む限り未定のようです。

——2巻は9月で終わる。続編を期待する声も上がるが。
 M どうなんだろう。この後どうするかということは、ゆっくり考えて行きたい。

今、二回目の通読に入っているところですが、読解力不足のせいか消化不良なので、続編で明らかにして欲しいところがいろいろとあります。

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2009年6月16日 (火)

2000年代のつづれおり

Dbダイアン・バーチという新人の女性SSWのアルバムを聴きました。

タワーレコードで「2000年代のつづれおり」というポップを見て、試聴してみたら本当にそのままの感じだったので購入。

ローラ・ニーロとかキャロル・キングとか、女性SSWの黄金時代70年代を彷彿させるようなアルバムです。
ローラ・ニーロが好きなので、かなり気に入ってます。
歌い方とか少し似過ぎてるきらいはあるかもしれないけど、歌も演奏も充実したいい曲が並んでます。

インナースリーブ見たら、かなりフォトジェニックな人のようなので、ブレークするかも。

ちかごろ、良い女性SSWがたくさん出て来てますね。
他にも、メロディー・ガルドーも良いなぁと思っていたし。

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2009年6月10日 (水)

『1Q84』の読み方

090606『1Q84』のセールスが、100万部突破も間近のようです。

一度通しで読んだのですが、把握できてない部分があるので、これから読み返そうと思ってます。

内田樹先生は、ご著書の『村上春樹にご用心』で、
私たちの世界にはときどき「猫の手を万力で潰すような邪悪なもの」が入り込んできて、愛する人たちを拉致してゆくことがある。だから、愛する人たちがその「超越的に邪悪なもの」に損なわれないように、境界線を見守る「センチネル(歩哨)」が存在しなければならない・・・・・というのが村上春樹の長編の変わることのない構図である」(P65)
と書かれていますが、今回の『1Q84』も内田先生の見立てにぴったり照合しますね。

村上作品に登場する、「超越的に邪悪なのもの」の系譜を追ってみると、作者の問題意識の深化が理解できるような気がします。

長編『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985)に登場する「やみくろ」は、人間世界と隔絶した地下世界に住む特殊な存在のように読み取れます。
短編「かえるくん、東京を救う」(1999)では、東京に大地震を起こすことを画策する「みみずくん」と、それを阻止する「かえるくん」の「想像力の中」での闘いが描かれますが、この作品では悪の表象を代表する「みみずくん」と善なる表象を代表する「かえるくん」は、表裏一体の存在として見れるように描かれています。
東京を救った「かえるくん」は、その後、地下世界での「みみずくん」との闘いに協力した会社員 片桐の前で、無数のおぞましい虫に変化します。

村上作品に登場する、異界の住人が、人間の集団無意識を反映したものと解釈すると、それは善悪を包摂した両義的なものになるでしょう。
一人の人間の中には、ブライト・サイドもダーク・サイドも存在しているので。
どちらが前面に出るかは、表象物が担ったキャラクターによるのでしょう。

そして、今回の『1Q84』での「邪悪なもの」は、「リトル・ピープル」として表わされています。

内田先生は、ブログ
「リトル・ピープル」という「邪悪なもの」はおそらくそれらの「小さな父たち」の「しけた悪意」の集合表象のようなものだ。
主人公たちはその「邪悪な父によってつけられた傷」によって久しく自分の現在を説明してきた(あるいは「説明する能力」の欠如を説明してきた)。

と書かれています。

なるほど、そういう読み方をするのかー、と思いました。
私は、「リトル・ピープル」は、共同体が共有する「父権的な存在を願う集団無意識」の表象なんだろうと思いながら読んでました。
多くの人は、既存の権威やシステム抜きで、生きていける程強くないし、その覚悟を持っていないと思うので。

学校卒業後に、就職せずにお店を作った村上氏や、翻訳会社を起業した内田先生と違って。

村上氏のように、所与のシステムや権威に依拠することなく、徹底して個人的な経験や実感や手触りから世界像を作り上げてきた人はマイノリティーでしょう(少なくとも日本では)。
今の騒ぎを見ていると、そうした文学者の生み出した作品がメガヒットを記録することに、大きなアイロニーを感じるとともに、何か時代の転換点が来てるのかなとも思います。

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2009年6月 7日 (日)

南博氏のピアノを聴く

090605吉祥寺のジャズ・クラブ サムタイムで、南博氏のライブを観ました。
前に同じ場所で見た時は、ピアノトリオだったのですが、今回はヴォーカルが入ったライブです。
ヴォーカリストは、ギラ・ジルカという人でした。
三ステージともピアノ・トリオが二三曲演奏して、ヴォーカルが入るというパターンでした。
演奏された曲目は、三ステージとも違います。
ピアノ後ろの席で、鍵盤と50cmくらいしか離れてないため、用意される楽譜のタイトルが読めて、一曲目はマイルスの"Nefertiti"、二曲目は"My Buddy"とか演奏が始まる前に曲が分ります。

ピアノ・トリオの時は、ビル・エヴェンスぽかったですが、今回はファンキーなアレンジの曲も多くて、ジョー・サンプルみたいなパキパキしたソロが聴けました。
やっぱりプロなので、引出しが多いです。

ピアノが聴きたくて行ったのですが、ヴォーカリストもなかなか良くて楽しかった。
入替がないので、時間が許せば三ステージとも観れます。
ステージと客席が近く、雰囲気の良いお店なので、おススメのジャズ・クラブです。

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2009年6月 4日 (木)

『1Q84』読みました

51y0i8mcool_sl500_aa240_書店に行くと一巻目の品切れが目につきます。
ニュースによると、「発売日の5月29日、4刷が決まり、発行部数は2巻計68万部となった」そうです。

正直言って、そこまでコマーシャルな作品ではないと思います。
P.K.ディックとか、カート・ヴォネガットみたいな小説が好きな人はハマると思いますが。

羊をめぐる冒険』刊行時から、定点観測として新刊が出たら必ず読む私のような読者には充分面白いですが。
ディックもヴォネガットも好きだったし。

村上氏は、『スケアリー・モンスターズ』の頃までのボウイや、ディランや、かつてのマイルスのファンにとってそうであるように、最新作でどう時代を捉え、表現しているかが気になる、私にとって今や同時代で唯一の作家です。
二人の登場人物の章が交互に連なり、パラレルだったストーリーが終盤にかけて交差する構成は『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を、異形の人物が登場し、不穏な空気が作品に漂うところは『TVピープル』を思い出させます。

初期の3部作に通奏低音として流れていた「政治の季節」後の虚無感が、具体的に文章として記されたのは、この作品が初めてでしょう。
作品に登場するコミューンや宗教団体が、モデルとなった実在する団体や組織が連想しやすいです。
そういった意味でも、今までの中で最も現実世界にコミットした作品かもしれません。
といっても、ぜんぜんリアリズムの小説ではないのですけど。

使われている題材や、作中人物の遣り手の編集者が、安原顕氏を彷彿とさせるところなど、物議を醸しそうな、かなり微妙な部分があります。
なので、もう少し経てば、メディアに毀誉褒貶の言説が入り乱れることでしょう。
『ノルウェイの森』以降、いつものことですが。

回収されていない伏線が沢山あるので、おそらく続編があると思います。
早く続きが読みたい。

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2009年5月28日 (木)

5年振りの長編『1Q84』

090528 Amazonの予約冊数が過去最高とかスゴイことになってますね。

アフターダーク 』から数えて五年振りの長編なので、読者の期待も大きいかと思いますが。
『アフターダーク』は中編といってもよい分量だったし、ストーリー構成もカッチリしてなかったので、まとまった長編としては『海辺のカフカ』以来の七年振りという実感です。

何かよく分らんなという読後感の『アフターダーク』は、村上作品の英訳者ジェイ・ルービンの説明を読んで、そういう読み方をするのかと思ったものです。

だいたい村上氏の長編は、二、三年に一作のペースで出版されてましたが、今回はずいぶん待たされました。

この人の小説は、いろんな読み方があるでしょうが、私は作品での選曲センスがツボです。
短編集『パン屋再襲撃』収録の短編「ファミリー・アフェア」の主人公が、風の強い日はスライ・アンド・ファミリストーンを聴くとことか、長編『ダンス・ダンス・ダンス』で主人公が車の中で女の子と一緒にフォートップスを歌うとことか。
ちなみに、『ダンス・ダンス・ダンス』のタイトルは、ビーチボーイズの曲が由来と思っている人が多いですが、実はデトロイトのヴォーカル・グループ デルズの曲から取られています。
エッセイで、本人がそう書いているのを読んだことがあります。
デルズは、山下達郎氏がそのヴォーカル・スタイルにもっとも影響を受けたグループとしてインタビューで語ってます(ちなみに、精神性に於いてはラスカルズ、サウンドはアイズレー・ブラザーズだそうです)。

新刊、私はAmazonで予約しましたが、まだ発送されていません。
早く読みたい。

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2009年5月24日 (日)

万造、38歳。職業、漁師。嫁、募集中。

渋谷の啓文堂書店に『不灯港』という映画のフライヤーが置いていた。
コピーの「万造、38歳。職業、漁師。嫁、募集中。」に惹かれて、Webで予告編をチェックしたら、かなり面白そう。

「絵に描いたような漁師の風貌にも関わらず、振る舞いや身のこなしはダンディ」というキャラ設定の主人公 万造のラブストーリーのようです。
万造の愛船の名前が「野郎丸」というのも笑える。

公開は、7月18日から。
これは、けっこう楽しみだ。

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